くんち380年を超える歴史を有する祭りです。(長崎伝統芸能振興会パンフレットより)
長崎くんちとは、長崎の氏神「諏訪神社」の秋季大祭で、毎年10月7日から3日間、
長崎の町を挙げて催されます。
寛永11年(1634年)に、当時の太夫町(後に丸山と寄合町になる)の高尾と音羽の両人が、諏訪神社前に謡曲「小舞」を奉納したことが始まりといわれ、
長崎ではこの年に「出島」埋築が着工され「眼鏡橋」が架けられています。
踊町とは 奉納踊りを出す町のことで7年に1度当番が回ってきます。
傘鉾とは、踊町の行列の先頭に立つ町印のことです。
踊町紹介
鍛冶屋町 (宝船・七福神)宝物満載の宝船に乗って大黒天、布袋和尚、弁財天、福禄寿、毘沙門天、恵比寿天、寿老人の七福神が登場。華やかな踊りで福を招いた後、最重量飾りといわれる宝船が力強く曳き回される。
傘鉾の飾りは、町名に因んだ三条小鍛冶宗近と童子のカラクリ細工で、
宗近が槌を振り下ろすと童子の顔伏見稲荷の使いである狐に代わる。
築後町(蛇踊)
傘鉾の輪は注連飾り。
飾りは岩の上に金・銀・藍・白の玉を載せ八つ脚の上に鹿の角を置いて草薙の剣をかけている。
築後町 見どころは、3体が
同時に一つの踊り場で荒れ狂ったように躍動・共演する迫力満点の「芭踊り」
上町
傘鉾の輪はビロード。
飾りは、中央に御幣と榊を置き、諏訪謝に神楽を奉納する意を表して、神楽鈴と鳥帽子を
八つ脚の上に載せている。
油屋町(川船)
傘鉾は、幕末から明治の初めにかけて長崎で活躍した女性貿易商の大浦慶が寄進したものと伝えられる。
輪は注連飾り、飾りは白木三方に稲穂長熨斗をのせ、金色の宝球の熨斗押を置いている。
築後町
青蛇2体と白蛇1体が、静と動の動きを織りなし勇壮な姿を披露する。
上町(上町コッコデショ)
約1トンといわれる山車を放り上げて片手で受け止める離れ業が見もの
油屋町(川船)勇壮な根曳歌とともに川船が踊り場に現れる。呼び物である船頭の網打ちに続き、
川船が軽快に前後し、その後大きく豪快に曳回される。
今籠町(本踊)
傘鉾の飾りは、厳上に荒鷲がとまる姿。鷲の翼が傘鉾の舞により羽ばたく。輪は蛇籠、垂は塩瀬波模様。
8人の踊り子に12人の子供たちが加わり、息の合った華やかな踊りで
観客を楽しませる。
元船町(唐船祭)
傘鉾の飾は、長崎名物の一つとして有名な大波止の鉄砲ン玉を中央に置き、鶴の港に因んだ鶴二羽と老松樹を配している。
江戸時代、唐船が長崎に入港する様子を再現している。唯一演じ物の中で、神様「媽祖
様」が祀られている。明清楽のしらべにのって、胡娘が艶やかな舞を披露。その後、踊り場狭しと唐船が曳回される。
どの町の出し物にも、
もってこーい もってこーい
のアンコールでなかなか帰そうとしない
5 6回は、もってこーい もってこーい やんや やんや 青トッポ が
もってこーい もってこーいの掛け声をかけさせる。最後の元船町は、雨がザアーザアー
降ってきたが、心意気で唐船を曳き回す。
これぞ くんちの心意気。あっぱれ。
見ている観客は、パット、雨合羽を羽織る。(八坂神社踊馬場くんち桟敷左側正面D3)